"紅ふで"
雲、、、コトバたちが空に流れていきます。


わが街も高齢者が多くなった。わたしたち世代が大量に高齢化していく。杖をついている人も多く見かける。それでも歩きたいのよね。いえ、歩かなくちゃ歩けなくなるわ。
ちょこっと買い物をして、たまには食べたいものを食べてシルバーパスで往復する。
シルバーパスはあり難いわ。そんな意味でも被災地の高齢者は本当に気の毒だと思う。仮設住宅で一人暮らしなんて私には耐えられないわ。まして今は大雪でしょ。どんな暮らしをしているのだろう。

たまたま新聞の「声」欄に、「絆」をたやすく使わないで・・と題する記事を見つけた。
大切な人を大震災で失った人だけでなく、病に倒れ、事故に遭い、事件に巻き込まれ、絆を失くした人たちのことを思えば、安易に使って欲しくない言葉だ、と。

私も以前からそう思っていた。「絆」という言葉ばかりが一人歩きしているように思う。口で言うほど簡単に「絆」は結べないだろう。
なんか小市民的で利己的な感じさへする。自分さへ良ければと言うようにも聞こえる。

人はみな誰かと繋がっていたいはずだ。老いも若きも「絆」とまではいかなくても、相互扶助の精神で生きていきたいものだ。
昨今、地震の不安が増大している。明日はわが身かもしれない。「絆」? がいつ断ち切られるか分かったものじゃない。
2012/02/03 (Fri) 21:26
「安易に使って欲しくない言葉だ」
まったくです。軽薄なマスコミによって「絆」が安っぽく
なってしまいました。
by まさやん url 2012/02/04 (Sat) 13:27
飛騨にも「結い」という風習が残っていて、お互いに支え合い助け合って田植えや普請などをやっていました。
山里も都会化が進み、それを必要とする仕事がなくなったり、共同作業を煩わしく感じる人も増えてきて、昔からの風習も消えつつあります。

当事者の心に届かない言葉だけの絆も同じで、ひっそりと耐えている人にとっては煩わしいことかも知れませんね。
すべてが絆で表現される風潮は、やっぱり安易過ぎます。
by 山里の住人 url 2012/02/04 (Sat) 17:56
まさやんさん

「絆」という言葉、何かごまかしのように聞こえます。
排他的な感じもして好きではありません。
マスコミの影響でしょうか。
by 志帆 2012/02/04 (Sat) 18:04
山里の住人さん

こちらにも町会がありますが形ばかりで、脱会者も増えています。近所でも挨拶くらいで立ち入った話はしませんし、若い世代は煩わしく思っているようです。
地震などの災害のときはどうなるのか不安ですが、結局自己責任なのでしょうね。

一人暮らしの友人たちも覚悟するしかないと言っています。「絆」と口で言うほど簡単ではありませんよね。
by 志帆 2012/02/04 (Sat) 18:18
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Well come !

妻として二人の子供を育て上げた今、女として人間としての魂の叫びを綴った、円熟西東京夫人エッセイ。



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